
茶道を習い始めると必ず耳にする「利休百首」。
これは、茶聖・千利休が説いた教えを、後世の人々が覚えやすいように百の和歌にまとめたものです。
「茶道ってルールが多くて難しそう…」 そんな風に思っている方にこそ、ぜひ触れてほしい言葉が詰まっています。
そこにあるのは、単なるマナーの解説ではなく、「相手を思いやる心」や「日々の暮らしを整えるヒント」だからです。
この百の手向を少しずつ紐解いていきます。 まずは、茶の湯の根幹ともいえる「最初の五首」から見ていきましょう。
色々と本はありますが、今回は表千家流でお伝えしていきます。
【利休百首 第1首】 「一」から「十」、そしてまた「一」へ
一二三(ひふみ) 四五六七八九十(よいつむなやこと) とお(十) とささげて また一二三
意味: 修行は1から始まり10まで行っても、また1に戻る。謙虚な心で基本を繰り返す大切さを説いています
講師として、また親として、最も心に響くのがこの歌です。
「十まで覚えたら終わり」ではなく、また「一」に戻る。
子供たちが受験や部活で一区切りつけた時も、「そこがまた新しい一歩だよ」と伝えたくなります。謙虚に基本を繰り返す。これこそが、一生モノの学びの秘訣です。
【利休百首 第2首】 あなたの中の「小さな師匠」
その道に入らんと思う心こそ 我が身ながらの師匠なりけれ
意味: その道(茶道に限らず、あらゆる芸事や仕事など)を学ぼう、極めようと決心する自分自身の情熱こそが、自分にとっての本当の師匠である
「やってみたい!」という最初のワクワク。
これこそが、どんな名師にも勝る最高のコーチです。自分の内側から湧き出る熱意を信じることから、すべてが始まります。
【利休百首 第3首】 「マニュアル」を脱ぎ捨てる時
習いをおえぬれば 習いにまかせず 自らにわが心に問え
意味: 一通りの作法や決まりごとを習い終えたなら、ただ教わった通りに機械的に繰り返す(習いにまかせず)のではなく、それが本当に正しいのか、どうあるべきなのかを、自分の心に深く問い直しなさい。
型を覚えたら、次は「なぜそうするのか?」を自分に問い直す。 表千家が大切にする「内省」の教えです。「教わったからやる」から「納得してやる」へ。このステップが、所作に「意志」という美しさを宿らせます。
【利休百首 第4首】情熱には、全力の愛で応える
心ざし深き人には いくたびも 哀れみ深く説き教うべし
意味:学ぶ意欲(志)が深い人に対しては、師匠は慈しみ(哀れみ)を持って、何度でも、何度でも根気強く、丁寧に説き教えなさい。
これは指導者としての私の指針です。熱心な生徒さん(あるいは子供たち)には、何度でも、何度でも、慈しみを持って伝え続ける。教育の根底にあるのは「愛」なのだと教えられます。
【利休百首 第5首】 「聞く」は一時の恥、知らぬは・・・
恥を捨て 人に物問い 習うべし 是ぞ上手の基なりける
意味:『こんなことを聞いたら恥ずかしい』というプライドや見栄を捨てて、素直に人に尋ねて学びなさい。その謙虚な姿勢こそが、上達(上手)への一番の近道であり、土台(基)となるのである。
「こんなこと聞いたら恥ずかしいかな?」というプライドが成長を止めます。分からないことを素直に聞ける人は、実は一番早く「上手」の域にたどり着ける人なんです。
まとめ

今日ご紹介した冒頭の5首は、茶道のテクニックではなく、すべて「学ぶ側の姿勢」と「教える側の慈しみ」について説かれています。
私自身、大学生と高校生という多感な時期の子供を育てる母親として、また茶道の講師としてこの歌を読み直すと、改めて背筋が伸びる思いがします。
子供たちが新しい世界へ飛び込もうとする時、つい「失敗しないように」と先回りして教えてしまいそうになります。けれど、第1首の「一二三・・・また一二三」が教えてくれるように、人生は一生が学びの連続。失敗して、一に戻って、また積み上げる。その繰り返しこそが、その子の血肉になっていくのですよね。
利休さんのアドバイス、皆さんの心にはどの言葉が響きましたか?
400年以上の時を超えて語り継がれる利休の言葉。その一文字一文字には、茶道がたどり着いた「究極の美」と「人としてのあり方」が凝縮されています。
私が執筆にあたって参考にしている本や、初心者の方でも読みやすい解説書をいくつかご紹介します。
画面越しではなく、紙のページをめくりながら言葉を噛みしめる時間は、それ自体が豊かな「茶のひととき」のようでもあります。
また、茶席での必需品である扇子に、百首が記されたものがあります。お稽古の待ち時間に眺めたり、お守りのように持っておいたり。
ふとした瞬間に教えを思い出し、背筋を伸ばしてくれるのは、常に手元にある扇子かもしれません。


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